高学歴エリートが言う「勉強法」には気をつけろ

本や雑誌、インターネットにはいろいろな勉強に関する情報が溢れている。

私は仕事柄、勉強に関する本や雑誌、ネットの記事などは大体読むようにしている。

こうやれば頭が良くなる。こうやれば成績が上がる。暗記はこうやれ。東大生の勉強法やら、ハーバードがどうとかスタンフォードがどうとかこうとか。

そんな情報の中でも頭のいい人達、大学教授であったり高学歴の先生であったり、そういった人たちの勉強法を目にすると、いつも思うことがある。

「書いてあることが、高度すぎ。そして細かいことにこだわりすぎ。現実を見てないな」

実際に毎日、普通の子や勉強が苦手な子たちと接する私からすると、頭でっかちのくだらない理想論が多い。

頭のいい人の勉強法はとにかく細かい

まず、とにかく細い。

英文法に関しても数学に関しても社会や理科の暗記にしても、とにかく細かい。

その問題を解けるだけでは満足せず、なぜそれがその答えになるのか、原理原則を理解しなければだめだ、なんてことを言う。

公式を覚えるだけでなく、この公式の意味は何か。なぜこの公式を使うのか。なんてところまで理解を要求してくる。

そこまで理解しながらやらないと、先々苦労するなど、細かすぎる意見のオンパレードである。

書いてあることが、間違いではないところが、たちが悪い。

なぜ理想論ばかりが世の中に溢れているのか

どうしてそんな理想論のような勉強の情報ばかりがあふれているのか。


ひとつめ。それは、普通のことを書いてもおもしろくないから。

これはメディアの悲しいサガである。


ふたつめ。頭のいい人たちは、勉強が苦手な子のことなんて理解できないから。

本を出したりする頭のいい先生や頭のいい大学教授や高学歴の人たちは、実際に勉強が苦手な子たちに接したことや見たことがほとんどない。

指導したことがあると言っても学生時代のバイトでちょっとであったりする。

私のように、毎日ふれあい、勉強の様子を見ながら実際に指導していない。

だから、勉強が苦手な子の気持ちや、実際の勉強現場なんて想像すらできないだろう。

頭のいい人たちは、自分が勉強で苦労したことなんてなく、基本的な学校の授業レベルの勉強はできてあたりまえ。

それを前提で、勉強について書くので、ものすごく高度な勉強法になるのである。

はっきり言うと、単なる自慢の時もある。「俺はこのやり方でできたから、すごいやり方なんだぜ。誰でも効果あるぜ。」なんて感じで。

レベルの高すぎる勉強の弊害

もちろん、「なぜその答えになるか」「なぜここでその文法が使われるのか」などの背景を知ることや意味を知ることに、意味がないわけではない。

基本的な学力があり、さらに高みを目指す子にとっては、少し回り道でも原理原則を覚えながら勉強を進めてもよい。それに耐えうる学力とモチベーションがあれば有効だ。

ただそういった表面だけではなく深い背景などまで理解するには、時間がかかりすぎるし、相当の基本学力が要求される。

表面のただ問題を解くというレベルでさえ、なかなか理解できない子においては、背景まで理解してから問題を解けるようになるというのは、あまりにも現実離れしている理想論だ。

あまりにもレベルが高すぎるのである。

もし本当に本質的な意味まで理解しながら勉強を進めていたら、そうこうしているうちに勉強が嫌いになり挫折する。

机上の空論ではない、地に足の着いた勉強をしよう

私はこれまで勉強が苦手なたくさんの子を見てきた。

その中で、細い理屈や意味などを教えて理解した子だけが成績が上がったわけではない。

始めは形から入ってテクニックや暗記だけで問題が解けるようになる。そしてあとから意味を理解して学力が伸びる。そんな子もたくさんいる。

まずは表面だけかもしれないが問題が解けるようになったからこそ、「この公式の意味はこうだったのか」「この文法はこういう意味なんだ」「この暗記の背景はこういうことだったのか」と後から理解することができるようになるのである。


頭のいい人達の言うことは、頭のいい人にしか通用しない理屈である。

そこをわかっていない高学歴エリートが多い。

自分の学力にあった勉強をする

世の中に溢れる頭のいい人の勉強に関する自慢話に惑わされてはいけない。

あれはあの人たちの自己満足である。

そんなことはどうでもよくて、私たちには何も関係ない。

自分が理解できるレベルまで難易度を落として、まずは形だけでもいいからその問題が解けるところまでやってみる。

それを積み重ねていくことでやる気が出て、勉強を続けることができる。

それが勉強において最も大切なことである。

高度な勉強をいきなりやって挫折してはいけない。まずは続けていくことが大事だ。


勉強する意味なんてわからなくていい。

目の前の定期テストであったり目の前の受験だったり、その都度目の前の目標のために努力をする。

そういった割り切った考え方も必要ではないだろうか。

所詮勉強である。人生は短いのだから。